私が思い起こしますと、終戦の3ヶ月前に松山の空襲の頻発を逃れて、小学2年生の時、内子国民学校へ疎開転校して来て以来、入学式、卒業式の時には、必ず校長先生挨拶の次に、モーニング姿、又ある時は羽織袴姿の矍鑠(かくしゃく)として、鼻ヒゲが八の字の老人が、来賓として祝辞を披露されるのが常でした。

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当時の内子小学校

「あのおっさんダレぞ~?」「あの鼻ヒゲの爺さん、誰ぞ~?」
「あれは八幡さまの近所の爺さんじゃ・・」などと、ボソボソ云っていると・・
『シィ~・・
重岡中将閣下さんじゃ・・』と周辺の上級生が、口に人差し指を当てて合図しながら小声で伝達してくるのだ。
 こうして誰もが「重岡中将閣下」の名前を、自然に覚えてしまったようです。
 子供らでさえ「重岡中将閣下さん」と敬意を込めて呼称しているのですから、戦後とは言え町内の人々は、当然のように崇めていたのです。


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 「重岡中将閣下」は、内子町本町4丁目出身の「重岡信治郎氏」だったのです。
 同級生で内気でシャイな女の子、重岡照子ちゃんのお爺ちゃんだったのです。



 重岡照子さん(内子高校アルバムより)

 終戦直後のことですから、重岡信治郎中将がどのような方であるのか、先生からの説明は全く無かったのです。

 
【重岡中将閣下】=大将の次の位じゃないか! 只者じゃないぞ。 
 検索してみるか?・・・
ア・リ・マ・シ・タ・!


 愛媛の山奥の、小さな町の周辺の者が、恐れおののいていた筈です。

 【秋山真之】が明治43年(1910)に艦長を務めた巡洋艦「出雲」の艦長を、重岡中将が大正12年(1923)に拝命し、更に重岡中将は後に海軍潜水学校の校長に赴任するなど、潜水艦に関連しての帝国海軍の権威でもあったのです。

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帝国海軍巡洋艦「出雲」(9750t)

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大海深く海もぐり・・「重岡信次郎」(1879~1971)」海軍中将、明治38年(1905)日本に初めて潜水艇が採用されて以来24年間、潜水艇の建造から乗員の教育に至るまであらゆる潜水艦関係の要職を歴任した。
衆議院議員7回・重岡菫五郎の甥にあたる昭和46年(1971)1月に内子で亡くなった。93歳

伯父、重岡菫五郎(1862~1906)は明治時代の政治家衆議院議員に7回当選、明治39年(1906)6月に死去


重岡信治郎が「出雲」艦長時代に「帝国練習艦隊」として巡洋艦「出雲」「八雲」「浅間」の3艦で太平洋を横断、アメリカのサンディエゴ、メキシコのアカプルコ、カナダのバンクーバーを親善訪問しております。

((重岡中将
● その時の「記録記念誌」が残っておりました。
https://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/97446a3e4a64cc4000b89a1cd9830fb1より
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大正13、14年「練習艦隊巡行記念」誌

「これは出版された本じゃなくて航海に参加した人に配布された記念誌のようです。
つまり出版されたわけではないので、ものすごく価値があるものですよ」との書店の評です。

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● 忘れかけの内子町風景 

 内子小学校、中学校と新天神さま・・ 
http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966052.html 

 郷の谷の佇まいと旧内子線鉄橋付近・・
http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966053.html

 知清河原と龍宮淵・・ 
http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966054.html 

 内子町俯瞰の移ろい(北から、南からの眺め) http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966055.html 

 内子町俯瞰の移ろい(西から、東からの眺め) http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966056.html 

 内子町を構成する村落の歴史・・http://y294ma.livedoor.blog/archives/17966057.html



livedoorブログでは一度に掲載できないので、続きは近日掲載し
更に下記記事をも予定しております。

(次回に「重岡中将閣下若き日のアルバム」をアップしております)↓



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(前日までの10日間移動平均)18.14人×9日+本日21人÷10日=18.43人
((AM21-4^
コロナ感染者【移動平均】で傾向を掴め・・

グラフで見る限り東京は終息へ向けて下降中・・・