足と足との恋路・・】

 

あれは確か小学校五年生の時(昭和二三年)だったと思います。

田舎の学校とは言え当時は子供も多く、一学年で三クラスも有り顔は知っているが、名前は知らない・・おしゃべりしたことも無い同級生も多かったのです。


自分のクラスにも可愛い女の子が居るにも拘わらず「他のクラスには可愛い子が多いなあ・・」と羨望の眼差しでいつも眺めていたものです。

そんな中で「可愛いい顔でおしゃまで、屈託のない明るく朗らかな美代ちゃん」がひと際目立っていて、僕は密かに思いを寄せていたのです。

当時は男の子同士で遊ぶのが普通で、男女共同で遊ぶことは殆んど無く、運動場での男の子同士で遊んでいる時でも、遠目に美代ちゃんがどの辺で遊んでいるのかと探していた・・という事が度々あったのです。    

初恋に目覚め始めていたのでしょうか・・・

 

毎年四月、学年が変わるとクラスの編成替えが行われ、新クラスが誕生していました。

五年生になって初めて美代ちゃんと同じクラスになったのです。

今迄女の子には近寄り難い一線が有ったのですが、利口で物おじしない屈託のない美代ちゃん等とお話しする機会も増えてきたのです。

 

新学期早々の休憩時間ことでした、頭が良くて成績優秀な美代ちゃん、知子ちゃん、文子ちゃんの三人が僕の方に目配せしながら何か相談していた気配を感じた後のことでした。

 大きな声で「福島さ~ん、くりくり坊主がかわいい~、好きよ、スキスキ」とか「福島さ~ん大好きよ~」とか言いながら三人がすり寄って来たのです。 からかい半分で弄られている雰囲気の声だが僕には本気に思えてなりません、その上、まんざらでもない気持ちなのです。

周辺の男の子も、何が始まったのかとびっくりしてキョトンとした様相と羨望の眼でニヤニヤしながらその女の子たちの様子を眺めているのです。

 なんとこの子等「好きよ~・・とか言うて、おませな女の子じゃなぁ~」と思いながらも、女の子から「好きよ~」などと云われるのは初めての経験でまんざらでもない、内心嬉しい気持ちがこみ上げて来ました。


「くりくり頭、チョットさわらせてよ~、なぜるだけじゃからぁ~」と美代ちゃんが言う、男の子はみんな坊主頭じゃのに、何で僕にだけ云うてくるのじゃろ? 他の男の子に気を使って「何で僕にだけ~~?」と云いながらも、「こがい(こんなに)しとったらエエんかい」と頭を突き出した。

いきなり三人の手が、僕の頭をなでなでし始めた。

「うわー気持ちエエ~、タワシみたいよー」「ほんと、さわさわで気持ちエエー、キャーこんなん好き好き、福島さ~ん」などと大袈裟な甘い声を出している。

僕はまんざらではなかったが、羨ましそうに眺める同僚の男子に気遣いして「もうエエんじゃろ~」と女の子の手を順に掃っていったのです。   

 「あーよかった~」「気持ちよかったなぁ~」と三人は僕に目配せしながら離れていった。

 そして知らぬ間に、美代ちゃんのように男の子に甘い声でずんずん迫って来る「おませ度」に、堪らない魅力を感じる様になっていったのです。

いつもの僕からの眼差しを感じ取っていたのでしょうか、そんなことが有ってから、今まで遠目に見ていた女の子らと、緊張もほぐれて喋りやすくなっていったのです。


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美代ちゃんらと写したクラスメートとのスナップ


 当時の小学校では男女とも下駄又は草履通学で、登校後に廊下で上草履(雪駄のように底にスライスした古タイヤが貼ってある)に履き替えるので平時は素足、冬は足袋を履いていました。(実を云うと高校卒業まで白い鼻緒の高下駄通学が常識でした)

 

 二学期早々にクラスの席替えが行われ、僕は前から三列目になり僕の後ろ四列目が美代ちゃんになったのです。


 そんなある日、授業中に僕は足を折り曲げて椅子の桟に足を置いていると、後ろの席から美代ちゃんが足を伸ばしてきたのでしょう、僕の足の裏に美代ちゃんの足の親指がツンツンとつついてきたのです。

美代ちゃんはすぐに引っ込めたようですが、僕は美代ちゃんが後ろから足を伸ばしてきたんじゃなぁ・・・と思ったのです。

後ろを向いて咎める様な素振りなどしたら級友関係が台無しになるのは明白です、ましてや気付いた振りをして足を動かして探す素振りをしても美代ちゃんに失礼です。 

 僕は気付かぬ振りをしたまま、先生の話を聞きながらも足をそのまま放置していたのです。

 すると、しばらくして足の裏に美代ちゃんの足指が恐る恐る探りを入れるかの様にツンと触れてきて触れたまま止まったのです。

温かいぷよぷよの柔らかい親指が、足の裏に接触してくっ付いたのです。

僕のガサガサの汚い足に、こんな柔らかい足がくっ付いといてもエエんじゃろか・・・と自問自答しながら、伝わってくるその温もりの気持ち良さにうっとりとして、神経を足裏に集中させてその感触の良さ心地良さを楽しんでいたのでした。

勿論、美代ちゃんも感触を楽しんでいるのでしょう、接触したまま微動だにせずに時間が経過していったのです。

 これが「足恋」の全ての始まりだったのです。


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授業中にぷよぷよの柔らかい指が触れてきたのです・・


 それからと云うもの音楽と体育の時間以外はこの教室で着席するたびに、美代ちゃんが足を伸ばしてくるのを僕は期待を膨らませて楽しみにしながら待つようになってしまったのです。

 のべつ幕なしに美代ちゃんが足を伸ばして来るわけでもないのですが、そのチャンスを僕はいつも待つようになったのです。

 いつもの事ながら椅子の桟に足を置いていると、椅子に微妙な振動が伝わってきて美代ちゃんの足がツンと当たってじわーッとすり寄ってくるのです。 時にはすりすりで始まり、すりすりで答え合うこともあるのです。

 美代ちゃんがこの感触を楽しんでいるのなら、多少なりともこの気持ち良さに答えたい一心で僕も反応していたのです。


 それは日が経つにつれ多少なりともエスカレートしてゆき、美代ちゃんは足の親指と次の指で僕の足の小指付近をつまんで締め付けたり緩めたりがあり「ねーねぇー、何とか反応してよー」と催促しているようでもあるのです。 お互いの足が汗ばんできて、時には挟んだまま汗で滑りパチンとはじいたりを繰り返したり、汗ばんだ足指同士のすりすりは滑りが良くてドキドキと鼓動が高鳴り、鳥肌の立つほど気持ちの良いものとなり、この接触で美代ちゃんも僕と同様にときめきを感じていることだろうと思っていました。

 美代ちゃんが授業中に無意識のままで足を動かしていたとは考えられず、僕には僕の足を愛おしむ様な動きに感じてならなかったのです。

 かといって勉強そっちのけではなく、二人とも先生の話はちゃんと聞き、質問があっても適格な返答が出来ていましたが、偶に僕が口ごもり気味の時など美代ちゃんが小声で助け舟を出してくれる時もあったのです。

 

お互いが愛しむ様に、足と足指とを絡ませてじゃれ合っている二人、これだけのことをしておきながら、この触れ合いを二人の話題にしたら美代ちゃんが恥ずかしがって自制することに成ってしまったら僕は困ってしまうなぁ・・・との配慮もあり、両人共二人がおしゃべりする時、この足の話題には全く触れようとしない、暗黙の了解が出来上がっていた様な感じでした。

 

足のじゃれ合いの事などおくびにも出さず、普通の会話となっていたのです。

「ウチなぁ、夏休みに宝塚の少女歌劇と遊園地に行ってきたのよ、凄く良かったよー、途中で真赤のヘリコプターが飛んどってなぁ、あんなの初めて見たのよー」「大阪の親戚へ行ったん?、高浜から船に乗って?僕らヘリコプターじゃの云うもんは、写真でしか見たことないけんナ」とか「ウチも忙しくて知子ちゃんらと同級生で舞踊と三味線の習い事に、行っとるけんなぁ」「僕、こないだの秋祭りに幟を担いだら、今でも肩が痛いけん・・・」などと有りふれた話となるのです。

 

やがて足袋を履く季節となり、お互いに足袋を履いたままの接触となったが、僕の足が冷えているのでその温もりの伝わりは更に快適なものとなりました。

ただ、雨の日などは足袋が濡れて霜焼けが出来そうなほど足が冷え込んでくるのです。そういう時はつい足袋が乾くまで素足に成り、素足の方が体温を奪われないので楽だし足袋を脱ぎ尻の下へ敷いて乾かすのです。 そういう時には授業中は素足で我慢していました。

こんな時、美代ちゃんの足袋を履いた暖かい足がすり寄って来て、恐らく僕の冷たい足が熱を奪って行くから判るのでしょう、僕の足の裏全面に美代ちゃんの足の甲が接触してきてじわーっと温めてくれその温もりが伝わってくるのです、時には両足で挟んでくれたりして、次第に足が温もってくるのです。

思い遣りのある美代ちゃんの優しさと、その気持ち良さに「足が温もった~、ありがと~」とか言いたいのですが、それを云うと恐らく美代ちゃんは恥じらいで自制してしまうことでしょう。  だからその一言が僕には言えなかったのです。

 

ちょっと春めいて来た頃だったかと思いますが、美代ちゃんは僕の足の裏全面にすりすりとなぞる様な動きをして来たことがありました。

勉強中に無意識の様に足指が動いてはいるのですが、文字を書いているのかなぁ?・・と感じる様になったのです。

今のは「す」と書いたのかな?「すき」と書いたのか?「すきよ」と書いたのか?内心どきどきし乍らつい考えてしまうのです。

そんな時、僕は足指を懸命に折り曲げて美代ちゃんの足指をつまむ仕草をして答えようとするのですが、所詮前向きのままでは足指に触れるのがやっとで、つまむことすらとても無理な動作だったのです。

 

美代ちゃんも足の組み直し程度のごく自然な淑やかな足の動きですので、周囲の席の誰にも気付かれず、感付かれて誰からも咎められる事も無くこの一年が過ぎたのでした。

五年生の終わりの日に「ここの席は良かったのになあ~」と美代ちゃんに言ったら「うん、ほんと、そうよなあ~六年も同じ組ならエエのになぁ~」と恥じらいを見せながら笑顔の相づちが返ってきたのでした。

 

成果と言えば言葉を交わさなくとも、美代ちゃんの心情が垣間見えたことでしたが、ドキドキしながら感触を楽しみ、美代ちゃんの心の内が透けて見える様な癒された時を過ごした思い出となってしまったこの一年間でした。