●日本統治時代の台湾・・⑪ 新高山、阿里山の風光・・絵葉書
明治27年(1894)、清朝は我が大日本帝国と戦った日清戦争に敗北したため、翌28年(1895)4月17日に締結された下関条約(馬關條約)に基づいて、台湾は清朝から大日本帝国に割譲され、それに伴い台湾省は設置から約10年という短期間で廃止され日本領土となった。
これ以降、台湾は大日本帝国の外地として台湾総督府の統治下に置かれることとなり、昭和20年(1945)、大東亜戦争終結まで50年間の統治で、未開の地「台湾」のインフラ整備、人材育成、農業開発など、国内内地並みに完成させた。【新高山】
欧米では、商船主・モリソン(W. Morrison)が報告したことから「モリソン山」と呼ばれていた。
日本統治時代には明治天皇により富士山よりも高い「新しい日本最高峰、3952m」の意味で新高山と名づけられた。
現在は「玉山」と呼称されている。
現在は「玉山」と呼称されている。
【阿里山】
最高峰は大塔山の2663m。面積は約32700ヘクタールで、日の出・夕霞・雲海・鉄道・神木の「五大奇観」が有名である。また、3~4月には桜が満開となり「桜の名所」としても名高い。
戦前の日本統治下、1934年に隣接する新高山とともに「新高阿里山国立公園」として日本の国立公園に指定されていた。
【森林鉄路】 阿里山森林鉄路は、材木搬出用として敷設され、海抜2500メートルの登山鉄道として有名。
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・ [台中]ーー[次高山]ー[タロコ峡谷]
・ [南投] [日月潭]
・ ホウコトウ [嘉義]ーー[阿里山]ー[新高山]
・ [澎湖島] ーー [台南]
・ [高雄]ー[屏東]
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・ [鵝鑾鼻ガランビ]
日本の財を注ぎ、未開の新領土「台湾建設」に精励した多くの日本人労働者が、台湾紹介に使用した絵葉書です。









・ 玉山又はモリソン山と称したる、日本第一の高峰なり。











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