太田天橋 本名・政之助)の軍隊漫画絵葉書・・

 京都府・丹後・野田川町出身 (1893~1972)
                      
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当時カメラの普及していなかった時代の『報道画家』であった。
関東大震災で自らも被災しながら東京の街の様子を目にやきつける。
病身の妻を伴って丹後に避難するが、すぐに東京へ帰りその惨状をペン画に
した。
その使命感からか、わずか一ヶ月以内に出版にこぎつけた労作らしい。


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国境線・・・太田天橋 画

ペン画で速写する「報道画」の境地を開き、自ら被災した大正の関東大震災の惨状もその筆で再現して注目された。

しかし、昭和の中国戦線に従軍し広報・宣伝の絵も描いた(それが後に“軍国画家”のイメージを生む)がた
めに、戦後は作品を焼かれるなどし、中央画壇からも顧みられることはなかった。
時代に翻ろうされた悲運の「報道画家」だった。

 
 太田天橋は、従軍時代の見聞やエピソードを生かして、以下のような漫画絵葉書を残しております。



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上・・『一城を占めた記念に、また写真』(○○市政府=市役所)太田天橋 画 
下・・『兵站の目標になる鯉のぼり』(兵站・へいたん=駐屯地)     


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上・・『看護婦さん、見て半分は治っちまい』      太田天橋 画 
下・・『小奇麗にするも皇軍、慰藷の道』
慰藷・いしゃ=安らぎを与える)


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上・・『酒保があるで、イナゴのように跳んで降り』酒保=構内販売所)

下・・『ア、来た来た、来たトラック浮かれだし』   太田天橋 画 
                    

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『運転が止まってほっと安心し』  太田天橋 画


● 馬場のぼる?の軍隊漫画絵葉書・・(1927~2001)

私のうろ覚えですが、馬の表情などに昭和20年代の馬場のぼるの筆跡を感じますが・・・?

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雪の進軍


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      出征兵士・・・露営の歌・・勝って来るぞと勇ましく~♪・・

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進軍の歌

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                   敵陣占領


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